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人力ヘリの会メンバーの共通点:

 人力ヘリの会の現メンバーの共通点を考えると、下記の5つの点に集約できるように思われます。

  • それぞれの道で独自の生き方をしてきたことを誇りに思っている
  • 伊東孝彦さんの計画を聞いて、直感が働き、すぐ行動を起こした
  • こういうひとを世に知らしめて、日本に元気をとりもどそうとおもった
  • ひとのために、自分の持っている力を捧げることを喜びと感ずる

伊東 孝彦

会長  79歳

雪ケ谷制御研究所風景06伊東さん.JPG1934年東京大学医務官の長男として、浦和で生まれる。

 小学校5年生の時に北部朝鮮で終戦を迎える。病院長をしていた父親と別れ、一年後に小学生でありながら、100名の同胞を指揮して、難民として38度線を突破、米軍に救助され帰国。

 浦和高校を卒業後、東京赤坂の自動車修理工場に勤務、旋盤、溶接、塗装、電気配線など学ぶ。突然学問を志し、東京工業大学を受験・合格。ラテンクオーターのボーイをしながら苦学して、ひとより長い年月をかけて勉学、卒業。

 大企業への就職斡旋を断って、当時では珍しいフリーターになり、機械・電気関係の考案、設計、製作、試運転をパッケージで受託して生計を維持。

 雪ケ谷制御研究所を1975年に同志と二人で設立、機械・電気関係の考案、設計、製作、試運転を提案して受託する特異なビジネスモデルで株式会社を維持。その間、共同研究者や秘書以外は雇わず、すべて自身の頭脳と技量で創造してきた。このスタイルは大学を卒業後約50年維持している。

 勤務形態は、常人と違って正月と入院以外は月月火水木金金のフルデイで創造に没頭。発明や論文発表も数多いが、収入の伴わない委託研究以外のプロジェクトでも、興味が湧いたら寝食を忘れる。

 人力飛行機、忍者の浮き袋、和船の艪の近代化、電気自動車など数多い。キャパシタを利用した架線の必要ない電車はゴルフ場を借りて線路まで敷いて実験をしてしまった。このシコルスキー賞挑戦も、その線上にある。

雪ケ谷制御研究所 HP

東條 巌

雪ケ谷制御研究所 取締役  69歳

toujou01.jpg生年:1944年  当年とって69歳。
出身:東京深川

学歴:都立両国高校、東京大学工学部冶金学科を卒業

職歴:1979年、(株)数理技研を創業し、2011年に退職するまで、社長、会長、顧問を務め、IT産業の一画で中小企業会社経営者として人生の過半を過ごす。

 短命に終わったが、NTTが拒否していたADSL通信のサービスを世に誕生させた一点突破のベンチャーである「東京めたりっく通信(株)」を率いて、志と勇気さえあれば偉大な転換をもたらすことが出来るという範例を示せた事が、この間の何よりの自慢でありかつ満足でもある。

 現在:自由な一個人の立場で電力事業の再編成とその周辺の活力涵養のためのコンサルテーションに艇身中である。本年2月より(株)雪谷制御研究所の株主となり非常勤の取締役の任に就く。担務は「人力ヘリコプター」浮揚にむけたマネージメントである。

主張:近代の人類はあげて資本主義ニヒリズムの前に膝を屈し、人間の持つ情念力を根底から失いかけてはいないか。この情念力の再生(ルネッサンス)のために、近代の病である科学技術の批判的な解体の実験を試みたい。小さくても良いから奥の深い血が噴き出るような切り込みが求められている。人類時間はそう残されていない、余生をこの試みに捧ることとで生きた証としたいものである。

鈴木 富司

人力ヘリの会副会長 78歳

写真富司プロフィール用.jpg【人力ヘリの会への熱い想い】
 こんなにひたむきに技術を愛し、元気のない日本を何とかしなければという伊東孝彦君の熱い想いは、実現させたいと念う。

 とにかく、こういうユニークな男を世に出すのが私の使命であり、残り少なくなった人生において「死ぬ前にやるべきことがある」というのが出発点です。

 助っ人を集めるこのウェッブ・サイトを制作担当。Mac/BiND6を使用。仲間の桝田良一さんにSEO対策の指導を仰いでいます。

【育ち】

 1935年、桐生市の織物業七代目の真面目な父、鈴木徳平の6男として生まれ、6男8女の大家族で育つ。仕事に家事に超多忙の母を支える専任の守っ子さんの背中で育つ。小学校4年で終戦という時代環境で、軍国教育、極端な食料難、戦後の無法自由主義、組合赤旗教師の偏向教育を体験。

【経歴】

 東京工大機械工学課程、三菱商事、米国ラーソン社。海外交渉相手は14ヶ国、22人種。

【現在の活動ほか】

 Webマガジン<志あるリーダーのための「寺子屋」塾> http://terakoyajuku.jpの大番頭として編集にあたる。各種プロジェクト、地域の防犯。防災活動にも参画。

 生涯現役として、ウェッブ・サイトの制作を行う。最近制作したのはは、印紙税をゼロにする電子契約ジーニアスコントラクト

【家族】

 妻、4人の子宝、8人の孫

【志ほか】

 「革新的な思想と技術を世に広める」
 天命動詞:「チャレンジ」

 自作のHP: http://www.tomiji.net

 執筆したメールマガジン「自動車輸出物語」は自作のサイトhttp://www.tomiji.net/jidoosha/index.html  に掲載中。電子出版を利用して$$$「自動車輸出物語〜〜〜みんなで燃えた昔を語ろう」$$$を計画中。

 iPhoneアプリの学校に通い、「トミ爺」ブランドの老人のためのiPhoneアプリを開発中。iPhoneアプリの仮HP

 電子出版「トミ爺の電子出版のすすめ」執筆中。


武田 秀夫

            69歳

takeda.jpg福岡県出身
1962年修猷館高校卒業
1966年東京工業大学物理科卒業

 大学卒業後、本田技研工業入社。エンジン性能と車体振動騒音などの開発業務に従事した。空冷1300CCエンジンを積んだホンダ1300は今でも記憶に鮮明です。

 その後、1970年アメリカから最先端ボイラー自動制御装置を導入推進していた日機装株式会社に転職。同社にて制御装置、計測装置などを手掛け、アメリカと日本を数多く往復しました。さらに医療機器と医薬製品でメディカル業務とかかわりました。その後、コンポジット製品部門担当、精密温度計測器製造の合弁企業を経てアメリカ法人日機装アメリカInc.のCEOを最後に2007年リタイアしました。

 リタイア後は愛犬と朝の散歩が日課。囲碁で頭の体操に励み、水彩画で感性を磨く。たまにお付き合い程度のテニスとゴルフ・・等々、結構忙しい。囲碁は日本メール碁会に、絵の方は蔵前絵画会に所属してます。

 2011年に雪ヶ谷制御研究所の非常勤役員に就任。名ばかり役員ではありますが、社長の伊東孝彦さんの「シコルスキー賞への挑戦」に賛同し人力ヘリの会立ち上げを行いました。
雪ケ谷制御研究所 HP

大野 輝昭

            57歳

IMG_0527.jpg小さい頃からモノづくりが好きで、よく電気製品を壊して遊んでいました。

 それ以来、今でも半田ごてを持つ仕事に携わっています。ラジオやオーディオアンプを一通りやって、マイクロコンピュータを使い始めた学生時代から現在に至るまで、測定器作りに明け暮れています。マイコン搭載の自作測定装置が、メーカーの人の目に触れ、縁あってH社に入ってからは、プロとしての装置設計を教わり、自立した今では、卓上型走査電子顕微鏡(SEM、セムと言います。)を作っています。

 旋盤やフライス盤といった工作機も買い揃えた工房は、私のお城です。スローガンは、一家に一台、電子顕微鏡です。

 今回、鈴木さんの紹介での参加ですが、伊東さんの意気込みに感化され、引きずり込まれました。

 お会いした、たった数時間で、「たぶん飛ばないだろう」から「きっと飛ぶ!」に意識が変わりました。伊東さんを、応援したいと思います。後期高齢者パワー恐るべし!!


桝田 良一

広報・ITアドバイス   

桝田良一の写真桝田良一金沢に本拠を置いて全国的に活動するIT関係のコンサルタントです。Microsoft社に表彰された技術と行動力を活かして、鈴木さんが制作するウェッブ・サイトのSEO対策や広報でお手伝いをしています。


横瀬 正枝

秘書   

横瀬正枝さんの写真横瀬正枝さん横瀬正枝さんは、伊東氏の秘書役で、病院に通いながらお酒を飲みたがる伊東氏の健康管理もやっています。会の総元締め的存在です。


雪が谷電話番号画像.jpg